ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

follow us in feedly

肉のうま煮とクラッカーを食うか? -『スリング・ブレイド』(Sling Blade)-[映画の味]第二回

もうここ何年も、ファーストフードのハンバーガーショップには滅多に、いや滅多にどころか、まったく行かなくなった。

 

だからハンバーガーが食べたければ、自宅で手製のものを作る。

 

 

だけれど、ハンバーガーを食べるとなるとついつい欲しくなる、彼の最高のパートナーであり、できればいつでもそばにいて欲しい「スタンド・バイ・ミー」的な存在のものがある。そう、フレンチフライである、それもちゃんと細長いやつ。ファーストフードのハンバーガーショップだと、セットメニューには必ず付属してくるオプションの、例のフレンチフライ。

 

某なんとかナルドとか、なんとかテリアとか、なんとかキングとか、なんとかディーズとか、あるいは地元にあったドムなんとかで、かつてはずいぶん食べていたあの細身のフレンチフライだが、ファーストフードに行かなくなってからはめっきり食べなくなった。なぜかと言えば、揚げ物用の鍋が存在しない現在のぼくの家では、あの細長いフレンチフライを作ることが、おいそれとは出来ないからである。

 

まあもちろん、それなりの鍋を揃えれば、 簡単にできるシロモノなのはわかっている。ただわざわざそこまでして、といった感じで一歩足が進まないまま今に至っている。

 

かつて大学時代、個人経営の小さなカラオケボックスでアルバイトをしていた頃に、フードメニューにあったフライドポテトをよく作っていた。

 

カラオケボックスだから冷凍のものを揚げるだけだと思ったら大間違いで、皮付きのままのジャガイモを櫛形に切り、冷水にさらしてから、表面カリカリの中身ホックリに揚げてケチャップを添えるという、アメリカンなタイプのぼってりと太い本格フライドポテトだった。

 

村上春樹の『風の歌を聴け』に登場するジェイズ・バーで、ジェイが作ってくれるフライドポテトのような感じ。

 

風の歌を聴け (1979年)

風の歌を聴け (1979年)

 
村上春樹全作品 1979?1989〈1〉 風の歌を聴け;1973年のピンボール

村上春樹全作品 1979?1989〈1〉 風の歌を聴け;1973年のピンボール

 

 

あのフライドポテト作りは慣れてくると非常に楽しい作業で、注文が入るのがすごく楽しみだった覚えがある。ただそのカラオケボックスでの仕事は細分化されてはおらず、場合によっては業務全般に及ぶので、比較的暇な平日はシフトがひとり体制の時間帯があり、受付から部屋の案内から、ドリンク作りからフードの調理、その運搬まで一手に担うことになる。そんな時に団体客なんか来てしまった日にはさならが戦場で、「こんな時にフライドポテトなんか頼むんじゃねえ、ボケが!」と絶叫したことも懐かしい思い出である。

 

あ、そういえば、『風の歌を聴け』は小林薫が主演で実写化されていて、ジェイ役を坂田明が演じている。

 

風の歌を聴け

風の歌を聴け

 
風の歌を聴け [DVD]

風の歌を聴け [DVD]

 

 

原作に劣らずなかなかよい映画で、ぼくはそのDVDを以前持っていたのだけれど、ずいぶん昔に付き合っていた彼女の家にうっかり置き忘れてきてしまったようで、今はもう、残念ながら手元にはなくなってしまった。ある時期に買い直そうを思ってちょっと調べてみたら、どうやらプレミアが付いているみたいで、ネットでは当時の三倍くらいの値段で売っていた。非常に残念なことをしたが、まあそれもほろ苦い思い出の一幕である。

 

さて前置きが長くなったが、今回はそんなフレンチフライにまつわる食事シーンが印象的な映画を選んでみた。

 

というわけで、今回の「映画の味」は『スリング・ブレイド』(Sling Blade)である。

 

スリング・ブレイド [Blu-ray]

スリング・ブレイド [Blu-ray]

 

 

『スリング・ブレイド』は1996年(日本では1997年)に公開されたアメリカ映画で、監督、脚本、そして主演をビリー・ボブ・ソーントンがひとりでこなし、アカデミー脚色賞を受賞した作品である。

 

この映画でのひとつの見所は、ビリー・ボブ・ソーントンをはじめとするインパクトのある俳優陣で、

 

例えば豊富なカテゴリの悪役からキラリと光る脇役まで幅広い演技で知られるジェームズ・トーマス・パトリック・ウォルシュや、古くは『アラバマ物語』にはじまり、特に『ゴッドファーザー』シリーズや『地獄の黙示録』など、フランシス・フォード・コッポラの作品に多数顔を見せる名優ロバート・デュヴァルなどが出演している。

 

J・T・ウォルシュは残念ながら54歳にしてこの世を去っているが、この映画での存在感のある演技はとても目を引くものだった。

 

さて、ではこの映画がどんな話なのってことを、さっくり一口フレーク的に言うと、

 

世界は大きすぎるよ、という、そんなお話だと思う。

 

最後にこの映画を観たのはもうずいぶん前のことなのだが、なぜかふいに思い立って、数日前に久しぶりに観返してみようと思った時、驚きの発見があった。さて今日は十数年ぶりに『スリング・ブレイド』でも観てみようかと思った瞬間に、ぼくの口から無意識に飛び出してきたのは、この映画でビリー・ボブ・ソーントンが演じているカール・チルダースの独特なしゃべり方のモノマネだったのである。

 

そしてよくよく思えば、この十数年の間に幾度と無く、ふとした瞬間に、もちろん無意識に、カールのモノマネをしていた自分に、その瞬間に「はっ!」と気が付いて、少しだけ衝撃を受けた。知らず知らずのうちに『スリング・ブレイド』の大いなる影響を受けて、今日まで生きてきたのである。

 

そのくらいの名作だということだね、きっと。

 

さてじゃあ、この映画の美味しい話をしよう。

 

この映画には多くの素敵な食事シーンが詰め込まれている。まあ映画の全体的な内容は、どちらかと言えばハッピーライフ的なものではないのだけれど、目に美しいばかりに特化した、さも美味しそうな食事シーンだけが、必ずしも美味しいシーンだとは限らないし、しあわせいっぱいごはんを描く映画だけが、美味しい映画だとも限らないことは、あえてここで言うまでもないだろう。

 

この映画でとても重要なものとして登場する食事が「ビスケット」。

 

このビスケットは日本人が即座にイメージするお菓子のクッキー的な方のビスケットではなく、英国で言うところのスコーン的な方のビスケットである。ケンタッキーフライドチキンのビスケットと言えば、日本人にはわかりやすいかもしれない。(どれだけファーストフードに洗脳されているのか、日本人よ)

 

主人公のカールは、まあいろいろあって、このビスケットにカラシをつけて食べるのが何より好きなのである。

 

そのビスケットを軸にした話が、映画の中では度々描かれている。カールが、昔母親がよく作ってくれたビスケットの話をするシーンだったり、カールが真夜中に突然「ビスケットを焼いてくれ!」と、知り合いのリンダにお願いするシーンがあったり、そんなビスケットにまつわるシーンが、この映画の中では非常に重要なものとなっていて、なんとも切なく、そしてなんともよい部分なのである。

 

そしてもうひとつ、前述したフレンチフライ。

 

何度となく映画の中で登場する、フレンチフライを食べているカールのシーンが、ぼくがこの映画を観ていてもっとも美味しいと感じるシーンだろう。

 

冒頭で、お腹を空かせたカールが、通りかかったファーストフード店で買い物をするシーンがある。世間慣れしていないカールが何を注文していいかわからずに、店員にオススメを聞くと、店員はフレンチフライがいいんじゃないかって言うんだよね。そのやり取りがすごくいい雰囲気で、

 

加えてこのファーストフード店の店員を演じているのがジム・ジャームッシュってところも、なんとなくおもしろい部分ではある。

 

映画の途中から、カールはフレンチフライにカラシを付けて食べるようになるんだけれど、映画を観返した直後から、もうそれがやりたくてやりたくて仕方がなくなっている自分がいたりする。それがやりたいがために、この数日、何度ファーストフード店に駆け込もうと思ったことか、そのくらいの凄まじいインパクトが、この映画のフレンチフライにはある。ただカールの視点から言えば、思い出のビスケットとカラシの組み合わせが頭から離れずにいて、ついついフレンチフライにもカラシをつけて食べちゃうんだろうなあという、切ないシーンでもある。

 

この他にも、あげたらきりがないほどのたくさんの美味しい食事シーンがあって、例えばカールが働いている修理工場で、そこの太り過ぎのオーナーとやる気のないスタッフがくだらない話をしながら、カールと一緒にランチを食べているシーンなんかもすごくよい。おそらくはジム・ジャームッシュが店員をやっている店で買ってきたバーガーセットで、ハンバーガーとフレンチフライ(ケチャップ付き)とドリンク、ドリンクはやっぱりコカコーラかペプシかなあと勝手に思っているけど、美味しそうに食べているんだよなあ。ちなみにこの時カールはフレンチフライだけを黙々と食べている。

 

あとはカールが友人になる少年フランク(前述したリンダの息子だけれど)の家での日々の食事シーンが出てくる。夫を亡くしたリンダの恋人で、暴力的で頭のおかしいドイルが参加する悲しい夕食があったり、リンダの働くスーパーマーケットの友人たちと共に食べる親密な夕食があったりする。美味しい映画の一つの特徴としては、なんてことのない日常の食事シーンにこそ、その映画の核が描かれているってことだろうなあ。

 

最後にもうひとつだけ、豚の臓物を煮てペーストにして詰め込んだみたいな缶詰を、カールがけっこう美味しいよと言って、クラッカーに乗せて食べているシーンが出てくる。

 

日本語字幕では「肉のうま煮」となっているが、それをカールがフランクにも食べてみなよってススメると、フランクは「チ◯コも入ってるかもしれないから、やだよ!」とか言うんだけど、あそこもなかなかの美味なシーンである。観ていて、たぶん美味しくなんかないだろうなあ、あの缶詰、と思いつつも、なんだかちょっと食べたくなってくるのがおもしろい。

 

まあそんなわけで、今回の『スリング・ブレイド』、改めて観てみると、じつに食事シーンの多い、とっても美味しい映画なので、まだ観ていない方がいれば、すっごくおすすめいたしますよ。美味しいだけに留まらず、もちろん名作です。

 

ということで、今回はこれにておしまい。

 

嗚呼、カラシ付きのフレンチフライが食べたい・・・。

 

お題「何回も見た映画」

 

 

 

 

月白貉