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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

パドル・オブ・クロコダイル

小説 小説-吸血鬼

山奥の誰もおとずれなくなった骨董品店がなぜそんな風に呼ばれているのか、いちどだけ木神さんに聞いてみたことがあった。

 

木神さんは、いまは使われなくなった町へと続く旧道に入る手前の県道沿いで小さな商店を経営している83歳の老人で、この地域ではいろいろな意味でスーパーな役割を担う人物だった。

 

この山間の小さな集落でも、ご多分に漏れず過疎化と高齢化が急速に進み、多くの商店が跡継ぎもいないまま店を閉店に追いやられざるを得ない状況となっていた。ここから車で三十分ほどの町には、大きなショッピングモールやドラッグストアが乱立し、物があふれかえっているのだが、足腰も体も弱り、車も使えず、町まで買い物に出る手段を持たない老人たちにとって、この集落で唯一買い物が出来る場所といえば木神さんの商店だけしかなかった。

 

「なんだったかいな、英語だけ、わしにはようわからん、鰐がとかいいよったかな。そんなものはよく知らんがなあ、わしらが小さい頃から、大人たちがそう言いよった。わしの父親もわしの爺さんに聞いたゆうとったが、その頃はなんだ、外国の神父があそこに住んどるとかで、その神父の名前がなんだ、英語でなんとかゆうけ、あそこは鰐の、なんだったかいな、鰐だか水たまりだかって意味だいいよったぞ。

 

そいで、その神父は頭がおかしいから、絶対にあんなとこ行ったらいかんぞって言われてなあ。ただあの店に何かを買いに誰かがよくきとっちゃるとかで、地元じゃないだろうが、そのくらいしか知らんなあ。

 

いまはもう誰もおらんだろ、でもあんた、あんなとこひとりでいったらいかんぞ、あぶないけ。」

 

 

 

 

 

月白貉