ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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猫の回転

「ぼくに安息の地なんて、安住の地なんて、ほんとうにあるんだろうか?」

 

毎日草むらでコテンコテンと転がっている子猫と仲良くなってから数日、ぼくはその子猫に聞いてみた。

 

子猫はこちらに目を向けはするけれど、始終ずっとコテンコテンと転がってばかりで、なにも言いはしない。でもしばらく、そのコテンコテンと転がっている姿を見ていて思った。ぼくに安息の地があろうがなかろうが、安住の地があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいじゃないか。

 

そう思ったとたんに、子猫はすごく大きくコテンと転がってから、「にゃふ」と小さくないて、口から真っ白な雲みたいなものを吐き出して、その真っ白な雲みたいなものにしがみついて、空へとフワフワのぼっていった。

 

空にのぼる子猫のしっぽは、ヒンデンブルグ号のプロペラみたいにぐるぐる回っていた。

 

 

 

猫なんかよんでもこない。 (コンペイトウ書房)

猫なんかよんでもこない。 (コンペイトウ書房)

 
猫なんかよんでもこない。その2 (コンペイトウ書房)

猫なんかよんでもこない。その2 (コンペイトウ書房)

 

 

 

 

 

月白貉