ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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光と闇の番人

背後から現れたのは、真っ白いコートを身に纏った白髪の男性だった。

 

ぼくには、その男の顔が、浦島さんにしか見えなかった。

 

気が動転して幻覚を見ているのかとも思ったが、ぼくの横の真っ赤な水たまりに転がっている切断された浦島さんの首と、髪の色は違うにせよ瓜二つのものが、その男の首から上にも付いていた。

 

「どうもお待たせしました、白酒さん、おっとっと、一足遅れましたか・・・まあ、しかしご安心下さい。では、まずはと、」

 

男がこちらに向けて右の掌をかざすと、その掌の中心部分にに小さな光の球体が出現した。

 

それが掌の中で少しづつ膨らむように広がってゆくと、そこから四方八方に向けて、真夏に空から降り注ぐ熱線のようなものがほとばしった。先程までの暗黒としか例えようのない真っ暗闇のトンネル内が、一瞬にして真っ白く浄化されるようなまばゆい光だった。その光は直視するにはあまりにも眩しく、無意識に目を閉じて顔を伏せたぼくの背後から、今の今まで渦巻いていた吐き気のするようなおぞましい殺気が消え失せて、なにか巨大な影のような塊が、ものすごいスピードで突風のような唸りを上げながら遠ざかってゆくのが感じられた。

 

影が消えていったトンネルの奥深くから、神経を逆なでするような引きつった笑い声が、微かに聞こえてきたような気がした。

 

ぼくが再び目を開けると、トンネル内はもとの漆黒の世界に戻っていた。

 

「まずは一段落ですな、まあ本番はこれからですが、態勢を整えなおさないとなりません。あっ、失礼、自己紹介がまだでした、私は、え〜と兄はなんと名乗っていたんでしたっけ、え〜、猿飛でしたか、いやいや違う、え〜と、年をとると物忘れが酷くて困りものです、え〜と、あっ、確か浦島でしたか!」

 

「あなたは・・・?」

 

「では改めまして、私も浦島と申します、身内ですから、同じ名字ということにしなくては都合がよくありませんでしょう。はじめまして白酒さん、お噂はかねがね伺っております。

 

あなたとずっと行動をともにしていた浦島は、私の兄です。

 

まあ正確には双子の兄ですな、そして私が、援軍の指揮をとらせていただきます、とは言え、援軍は私と、そして・・・」

 

浦島さんの双子の弟だと名乗るその人物の背後から、今度は真っ黒いコートに身を包んだ男が、音もなく浮き上がってきた。

 

それは紛れも無く、今ここで首と胴体が分裂したまま突っ伏している、浦島さん本人に間違いなかった。

 

「ごきげんいかがですか、白酒さん、私です、浦島です。私の方は改めて自己紹介する必要は、もちろん、ありませんよね。」

 

ぼくは何と言って返したらいいのまったくかわからないまま、浦島さんの顔を見つめていた。目と鼻の間におかしな熱がこもりだし、鼻の奥から立て続けに震える空気が吐き出され、気が付くと両目から熱を帯びた涙が流れ出していた。

 

「いろいろ事情はこみ合っているのですが、簡潔にお話しますと、

 

この施設に到着してから、白酒さん、あなたと行動をともにしていた私は、言わば私のクローンなのです、

 

まあ厳密に言うとロボットに近いものなのですが、やはり彼では役不足だったようですね・・・危険な目にあわせてしまって本当に申し訳なく思っています。失った左腕の治療のために、しばし戦線離脱させていただいていたのですよ・・・。」

 

ぼくの頭の中では色々な思いが駆け巡っていたが、そのたくさんの言葉を口に出せるような状態にはいまだなれず、そして涙も依然として、とめどなく次から次へと溢れては流れ落ちていった。

 

浦島さんは黒いコートの胸元のボタンをいくつか外すと、その下の同じように真っ黒い上着の胸ポケットから、輝くように白いハンカチを取り出して、ぼくのほうに差し出してくれた。

 

「この場の状況から察するに、戦況はだいたい把握できました、もし私本人でも、あるいは結果は同じだったかも知れませんが、あなたが無事でいてくれて、本当によかった。」

 

ハンカチを手に握りしめたまま、そして止まらない涙をそのままにしながら、ぼくは声を震わせながら必死で言葉を絞り出した。

 

「ぼくも、あなたが・・・、浦島さんが無事でいてくれてよかった・・・よかったです・・・。」

 

そのやり取りを黙って見ていたもう一人の浦島さんが、リズムを取るかのように両掌を数回打ち鳴らした。

 

「さてさて、感慨に浸るのはそのくらいにしておきましょう、まだまだ私たちは地獄の一丁目です、その続きは天国とはいかずとも、地上に戻ってから再び盛大に執り行なおうじゃありませんか。」

 

「はい・・・それがいいと、ぼくも思います・・・。」

 

「けっこうけっこう、では、秘密兵器の私も加わったことですし、気合を入れていざ参りましょうか!」

 

 

 

 

 

月白貉