ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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生存のため良心や後悔などに影響されない完全生物 -『エイリアン』(Alien)

「エイリアン」と聞くと真っ先に思い出すことがある。

 

中学生の時、ぼくの通う中学校には「英会話」という授業があり、アメリカのアイオワ州からやってきていたアメリカ人の先生がその授業を担当していた。

 

先生の本名はここでは控えるが、仮にその先生の名前を、この文章の中だけギルバート・ケイン先生、ミスター・ケインと呼ぶことにしよう。

 

ミスター・ケインは英会話の授業中、一切日本語は話さなかった。英会話の教師として日本に来ているくらいだから当然日本語は話せる。けれど、英会話の授業中にベラベラ日本語を話していたらまったく英会話の授業にはならないじゃないか、ミスター・ケインはそういう方針を持っていた。そしてもちろん、授業中の発言における生徒たちの日本語も禁止した。

 

ただひとつだけ、どうしても英語での言い方がわからない場合には、特別のルールが設けられていた。人差し指と中指をピースサインのように頭上に掲げることで、ある魔法の言葉を使えるというルールだった。

 

May I speak in Japanese ?

 

この魔法の言葉を使った時だけ、ミスター・ケインに対して日本語を話すことが許された。ただ生徒がこの魔法を使って日本語で話す際にも、ミスター・ケインからの返答はもちろん英語だった。その生徒の日本語に対して、英語によってアドバイスをしてくれるというわけだ。

 

ぼくはミスター・ケインの授業が大好きだった。だから積極的に授業に参加したし、大いに発言した。そうなるとわからないこともたくさん出てくるので、ピースの魔法もずいぶん活用していた。もともと幼い頃からずっと洋画が大好きだったぼくは、映画館で観る映画の中で自然と英語に慣れ親しんでいた。しかし中学生になってから授業に組み込まれたいわゆる義務教育の「英語」の授業は本当につまらなくて仕方がなかった。だからまったくノートも取らなかったし復習などほとんどしなかったけれど、英語自体は好きだったぼくはテストではいつも100点に近い点数だった。

 

英語の授業で「アイ・ハブ・ア・ペン!」なんてカタカナ読みの英語を復唱させられた時には、そんな英語誰が使うんだよ、バカじゃなかろうかと思っていた。

 

それとは正反対に、ミスター・ケインの英会話の授業は生きた英語を教えてくれた。たとえばアメリカに行ったら使うことのできる英語だった。

 

しかし多くの生徒にとっては、ミスター・ケインの英会話の授業の方こそが異質に感じていたようだった。義務教育の英語に比べると、その独特の授業スタイルに抵抗があったようで、まともに授業に参加しようという意思を持つものは少なかった。なんだったらぼくとミスター・ケインの個人授業なんじゃないかと錯覚するほど、他の生徒たちはまったく発言をしなかった。そんな風だったから、ぼくはミスター・ケインと授業以外でもよくコミュニケーションを取るようになった。もちろん教室の外でもミスター・ケインはあえて日本語は話さなかった。そしてミスター・ケインにとって、積極的に英語を学び取ろうとするぼくはお気に入りの生徒だったようだ。もちろん直接口に出してそんなことは言わないが、いちど父兄会の際に、ミスター・ケインが多くの父兄の前で発言し、ぼくのことを褒めていたよと、父兄会に参加した母から聞かされたことがあった。

 

ある日、ミスター・ケインの英会話の授業をとある団体が視察にやってきた。それがどんな団体だったかは知らされなかったが、見る限りだとその一行の中には日本人はひとりもおらず、アメリカ人だけではないたくさんの国の人々がいるようだった。アメリカやヨーロッパの西洋人だけに留まらず、中にはインド人のような人々も含まれていた。

 

ミスター・ケインは授業が始まってすぐに、きょうは授業風景を見に来てくれている人たちがいることを生徒に告げると、ある質問をした。

 

「彼らのような自分とは違う国の人々のことを、日本語ではどんなふうに言うかな?」

(以降はミスター・ケインの話を日本語で書くけれど、もちろん英語で質問している。)

 

ミスター・ケインは誰かが発言するのを待たずに、何人かの生徒にその答えを求めた。ほとんどの生徒が首を傾げて黙ったままだったが、ある一人が「外人。」と答えた。

 

ミスター・ケインは黒板に漢字で「外人」と書きながらこう言った。

 

「じゃあこの“外人”を、英語ではどんなふうに言うかな?」

 

そしてその外人という漢字の横に、穴埋め問題のように大きな丸を五つ、単語のスペリングの文字数だけ描き、最初の丸の中に大きく「A」の文字を書き入れた。その質問に対して誰も答えずにいると、さらにミスター・ケインはこう続けた。

 

「私が昨日テレビで観た映画に、それが出てきていたよ。」

 

ぼくそこでピンときて手を上げた。ミスター・ケインは表情を変えずに、ぼくを指差したので、ぼくはこう答えた。

 

Alien

 

ぼくの答えに対してミスター・ケインはうなずいてから、こう言った。

 

「外人という言葉はあまりいい言葉ではない、どちらかと言えば悪い意味の言葉だ。」

 

おそらくその授業を受けていた生徒たちの中に、いまでもこのことを覚えている人はいないだろうと思う。授業の冒頭のほんの短い時間に語られたことだ。ただぼくの記憶には、このことが大きく刻まれている。映画好きのぼくだからということもあるが、あの時ミスター・ケインが言ったことを、いまでも時々考えるからだ。

 

そんなわけで、前置きが途方も無く長くなったが、今回の映画は「エイリアン」である。

 

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1979年に公開されたアメリカのSF映画で、地球外生命体映画の金字塔ともいうべきものである。残念ながら劇場公開の際にリアルタイムでは鑑賞していないが、はじめて観たのは確かゴールデン洋画劇場だか日曜洋画劇場の日本語吹替版だったと記憶している。

 

余談ではあるが、「エイリアン」に登場するノストロモ号という宇宙船に搭載されたマザーコンピューターのことが、当時の日本語吹替版では「おふくろさん」だか「おっかさん」だかと訳されていた記憶がある。

 

 

まだ幼かったぼくは、マザーコンピュータなるものが如何なるものかもわからず、その吹替をそのまま当たり前のように受け入れていたが、今思えば流石にその吹替はないだろうなあ・・・なぜそんなド演歌みたいな、あるいは肝っ玉かあさんみたいな日本語訳にしたのかは知らないが、当時の洋画の日本語吹替はけっこうハチャメチャな部分が多かったのである。まあそれがある意味では見どころとなっているような作品もあったりして、子どもの頃は毎週の映画番組が楽しみで仕方なかった。 いまでこそ日本語吹替版の洋画なんてめったに観ることはなくなったが、あの頃は何をおいても吹替版だったものだ。

 

さて、いつものように内容にはあまり触れずにざっと映画の概要を説明すると、

 

貨物運搬中の宇宙船内にひょんなことから謎の地球外生命体が侵入してしまって、さあ大変という物語である。

 

言葉とはおもしろいもので、こんな風にあっさり言ってしまうとなんだかクソつまらない映画のように聞こえるが、おっとどっこいそんなことはまったくなく、最高級の映画に仕上がっているので、まだご覧になっていない紳士淑女の皆様は是が非にもご鑑賞頂きたい作品ではある。

 

監督はこの映画で一躍脚光浴びることになったご存知リドリー・スコット

 

そして主役をはるのは同じくこの映画が出世作となり、いまでは大女優のシガニー・ウィーバーである。一作目以降に製作された本道の「エイリアン」シリーズは他に三作あり、監督はそれぞれ変わってしまったが、エレン・リプリー役のシガニー・ウィーバーだけはすべての作品に出演を果たしている。第四作目の後にリドリー・スコットが監督した「プロメテウス」にも何らかの形でシガニー・ウィーバーが登場するという話もあったが、残念ながら出演することはなかった。

 

リドリー・スコットの世界

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リドリー・スコット―期待の映像作家シリーズ (キネ旬ムック―フィルムメーカーズ)

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「エイリアン」が名作たる所以は、監督や俳優にとどまるところではない。

 

あるいはこの映画の主役ともいうべき、不気味な地球外生命体の造形を担当したのは御大ハンス・ルドルフ・ギーガーその人である。

 

ギーガーズ・エイリアン (パン・エキゾチカ)

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ネクロノミコン 1 (パン・エキゾチカ)

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このエイリアンの造形なくしてこの映画は語れないと言ってもまったく過言ではない。ギーガーは近年惜しくもこの世を去ってしまったが、あの強烈なビジュアルに宿るギーガーの漆黒の影は消えることはないだろう。

 

もうひとり、この作品の原案を考えだしたダン・オバノンにも言及する必要がある。

 

オバノンと言えば、個人的にはやはり80年代から90年代にかけての多くの名作SF、そして名作ホラーと切っても切り離せない存在である。「スペースバンパイア」、「スペースインベーダー」、「トータル・リコール」、「バタリアン」、「スクリーマーズ」、その他にも多くの作品に関わる人物である。「スター・ウォーズ」の第一作目にはCGなどの特殊効果担当としての顔も見せている。

 

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コリン・ウィルソンの原作をベースにした「スペースバンパイア」、

 

子どもの頃のぼくにとってはなかなかのお色気シーン満載映画だったが、おもしろくて何度も何度も鑑賞しているし、やはりオバノン自ら監督も務めたジョージ・A・ロメロへのオマージュを込めたパロディ映画「バタリアン」も名作である。近年で言うと「スクリーマーズ」は非常におもしろい映画だった。これはフィリップ・K・ディックの短編SFをベースに作られている作品で、日本ではあまりメジャーな映画ではなかったが、主演を「ロボコップ」のピーター・ウェラーが務めている小気味の良いSF映画である。

 

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その先駆けとしてオバノンが原案を務めたのがまさにこの「エイリアン」であった。

 

もちろんその他にも、脇を固める俳優陣をはじめ、音楽を担当する巨匠ジェリー・ゴールドスミスなどなども含め、随所に見所満載の第一級地球外生命体映画がこの「エイリアン」なわけである。

 

ちなみにまだ若かりし頃、映画関連のおもちゃを蒐集していたぼくはもちろん「エイリアン」にもその矛先を向け、数は少ないがいくつか気に入ったフィギュアなどを買い込んでいた時期がある。そのコレクションはいまでは実家の物置に仕舞い込んであるのだが、ある時田舎に帰郷した際に、そのフィギュアのことが話題に上がると母がこんなことを言い出した。

 

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「なんだかあの肌色のやつは、熱でベタベタになってたから干しといたよ!」

 

それを聞いたぼくが物置にいってみると、1/1スケールのフェイスハガーと1/1スケールのチェストバスターのフィギュアが仕舞ってあった箱から取り出され、魚の干物でも干すように天井から紐で吊り下げられていた。 ぼくのあとから物置に入ってきた母はその干されたエイリアンたちをグニャグニャと手で握りしめて、嬉しそうにこう言っていた。

 

 

「おっ、よく乾いた!!」

 

さてそろそろ文章も長くなってきたので、そろそろ引き上げる準備をしなくてはいけないのだが、最後にぼくがこの「エイリアン」の中で一番好きなシーンを挙げてからお開きとしよう。

 

そうだなあ、ベタではあるが何と言っても映画の冒頭で登場する「スペースジョッキー」と呼ばれる化石化した地球外生命体のシーンであろうか。

 

実際には映画の中であの化石に関することは一切描かれていないし、映画自体の本筋とは関係ないといえば関係ないのだが、しかしギーガーが創りあげたその異様な威圧感は、映画の中でこれから起こることさえも遥かに凌駕する、背後で蠢く根源的な恐怖のようなものを垣間見せているのである。

 

わりと近年になってからリドリー・スコットによって再び描かれた「エイリアン」の前日譚「プロメテウス」にも同型の地球外生命体のようなものが登場しているが、それはまた別の機会にでもお話しよう。

 

 

 

ちなみに近年になってから、かつて中学校で英会話を習っていたミスター・ケインを数十年ぶりに街で見かけたことがあった。

 

ミスター・ケインはアメリカに帰ったと聞いていたぼくは彼の背中を急いで追いかけたが、その時は駅の改札口を走り出ていってしまったので残念ながら話しかけることが出来なかった。しかしその数日後にインターネットを駆使してなんとか連絡先を探しだしたぼくは彼にメールを送ってみた。

 

あの日、〇〇駅でお昼すぎにあなたを見かけたけれど、あれはミスター・ケイン、あなただったのでしょうかと。

 

すると数日後にメールが返ってきて、そこにはこう記されていた。

 

「それは私です、もうずいぶん昔のことだからきみのことはわずかしか覚えていないけれど、きみは私のことをちゃんと覚えていたんですね。きみはいい目を持っている。」

 

ミスター・ケイン、あなたはあの日の「Alien」のこと、覚えていますか?

 

お題「何回も見た映画」

 

 

 

 

月白貉