将軍
台所から出てきたのは見知らぬ人間の姿をしたものだった。
それは先ほどぼくの頭にしがみついていた生き物と同じような毛並みの重厚なコートを身にまとっていて西洋の白色人種のような外見をしていたが、そのコートの下には一切何も身につけておらず裸だった。顔だけ見ると女性のようなイメージが強かったが、何かの訓練によって無駄なものがすべて削ぎ落とされたような筋肉質で美しい肌色の体の下半身には男性器のようなものが姿を見せていた。ただよく見るとぼくの知る男性器の形状とはずいぶんと違っていて、周囲の皮膚に比べると何か人工物的な質感を持っているものだった。髪の毛は栗色のストレートでおそらく腰のあたりまではあるだろうという長髪、身長はぼくとほぼ同じで160センチほどしかなかったが、その身から吹き出す威圧感は背の高さが2メートルを越す巨人のようだった。
それは右手で大きなビニール袋のようなものの端を掴んでいて、それを台所の中からズリズリと引きずりながらこちらに向かってゆっくりと近付いてきた。台所から引きずられてくるものの半分ほどが姿を現した時、半透明な薄い物体にくるまれているものの中身が理解できた。それはぼくの妹だった。
「ありゃ〜、あの形態になると、ちょっとぼくたちでは殺れないかなあ。どうしますか、ベル、将軍が来るまで待っていたら、たぶんあれは逃げちゃうかもしませんね、あるいはぼくたちふたりが、殺られちゃうかもしれませんね。」
「コロシちまおうぜ、あのレベルなら大したことね〜よ、ほら、あいつもう、来るぜ、こっちがモタモタしてたら、すぐ来るぜ、オレたちを排除する気満々だぜ、早くコロシちまおうぜ。」
「わかりました、じゃあ、殺っちゃいましょう。さて、邪魔だからこれをどかして、」
ぼくが玄関の女の子に背を向け台所から歩いてくるものに目を向けて立ち尽くしていると、背後から自動車にでも追突されたような激しい衝撃がぼくの背中に走り、廊下脇の二階へ続く階段のずいぶん上まで体が吹き飛ばされ、階段の直角部に全身を強打してそのまま意識を失ってしまったようだった。
気が付くと病院のベッドの上だった。
「それじゃあ、私は一旦退室しますが、何かあればこの呼び出しボタンを押してください。」
「はあ、わかりました。」
ぼくの頭の横で病院の看護婦と誰か見知らぬ男性が話をしているのがぼんやりと見えていた。ぼくは一度目を閉じてからもう一度しっかりと目を開けなおしてみると、看護婦はすでに部屋の中からいなくなっており、白髪で白い口ひげを生やしたサンタクロースみたいな老人がぼくの顔を覗き込んでいた。
「あっ、目が覚めましたか、いやよかったよかった、私が行った時にはもうあんたの体がグチャグチャになってたからねえ、どうもすまないことをしました。あいつらは乱暴でいけませんなあ、どうにも乱暴でいけない。いちおう私の方で体は元に戻しておいたのですが、まあ形式上病院に運んできました、二三日体はずいぶん痛むでしょうが、それぐらいでしょう。あ、申し遅れました、私はゼロともうします、まあ名前なんかどうでもいいね、ちょっと野暮用でね、この周辺でいろいろありまして、まああんたは知らなくてもいいことだから、妹さんもね、体を元に戻して、別の病室にいますよ、まあ、あとは病院の方に聞いてください。では、そろそろおいとましましょうかね。」
吉宗評判記 暴れん坊将軍 第一部 傑作選 BOX [DVD]
- 出版社/メーカー: 東映ビデオ
- 発売日: 2006/10/21
- メディア: DVD
- クリック: 15回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
月白貉