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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

蕎麦

小説 小説-吸血鬼

「はっはっはっはっはっ、まさか白酒さんと渋谷の富士そばで年越しそばを食べるとは夢にも思いませんでした、なんとも愉快じゃありませんか、いやいや愉快。」

 

浦島さんはすさまじいスピードでたぬき蕎麦を口中にすすりこみ、どんぶりの汁までもすべて平らげると、プラスチックのコップに注がれたカルキ臭い水を空になったどんぶりに流し込みながら、そう言って大きな笑い声を上げた。

 

けれどその顔の表情は、その大きな笑い声とはかけ離れていて、笑いなどとは程遠い、それこそとんでもない程、はるか遠方の場所に置かれている能面のような顔をしていた。

 

「私はたぬき蕎麦というものがどんな食べ物よりも好物でしてね、

 

ただ、どこのどんなたぬき蕎麦でもいいというようなことではありません、こんな私でも蕎麦の味は覚えていますから。まあその話は、お互い一段落してからいたしましょうかね。さて、腹ごしらえはととのいましたか、白酒さん?」

 

浦島さんの言葉にうなずきはしたが、いまのぼくには蕎麦の汁を一口すするだけでも精一杯だった。

 

「状況は切迫してきました、まさかこれほど感染が広がっているとは、正直に言うと、これほどとは思いませんでした。

 

そして、先ほどの事も踏まえ、退路どころか真正面の道さえも絶たれました。援軍の希望もずいぶんと薄まりましたしね、いやいや、まいった。さて、ここからのことですが、こうなったら白酒さん、奥の手という他、ありませんな。」

 

「奥の手?そんなものがこの状況であるんですか・・・?」

 

カウンター越しに倒れている首の引きちぎれた富士そばの店員が、モサモサという音を立てながら地面になだれ落ちてゆく。

 

「奥の手があるかと?ご冗談でしょう、奥の手も持たない吸血鬼が、どうして渋谷の富士そばで、ましてやこの状況で、自らたぬき蕎麦を二人前もこしらえ、それを悠長に食べている余裕がありますか。」

 

浦島さんの表情が一変して、七福神の乗る宝船にでも飛び乗ったかのような笑顔を浮かべだした。

 

「奥の手と言ってもこれが最後の望みです、これが絶たれたら、さてさて。

 

ただし心配は無用、これから言う奥の手は、ちょっとしたものです。そして、わずかでもです、望みがあるかぎりは、ここにあるのは白酒さん、私とあなたの時間です、私の時間は私の時間、白酒さんの時間は白酒さんの時間以外のなにものでもないのです、誰にもその時間を奪うことは叶いません。あと数時間で新年だそうです、この呪い、いまから終わらせようじゃありませんか。」

 

 

 

 

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月白貉

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