ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

人工知能

「こんばんは、ニュースをお伝えします。

 

今日午後、鰐溜市東山の白山八幡神社裏の山林で山火事が発生し、山林およそ100ヘクタールを焼いて現在も延焼が続いています。

 

現地対策本部によりますと消防団員およそ100人、車両20台を動員して消火活動にあたっていますが、夜になっても火の勢いは弱まっていません。警察によりますと今のところけが人はなく、周辺の住宅にも被害はないということです。地元の消防本部では徹夜で警戒を続ける方針です。」

 

シロヤマさんの裏山で山火事が起こったその日、

 

火事が起こる直前に空から巨大な青白い光線のようなものが幾筋も裏山の山頂付近に向けてのびているのが多くの住民に目撃されていた。またシロヤマさん周辺の地域では、その光線の出現に伴って大きな爆発音のような音と地震のような揺れを感じた人々もいて、中には光線が空から山頂に放射された瞬間、山頂で一瞬虹色をした光輪のようなものが広がり、その後爆発音と共に山頂から火柱が上がり、山頂周辺の樹々をなぎ倒しながら突風のような衝撃波が山から降りてくるのを見たという人までいた。

 

消防や警察からは山火事の原因に関してまだ正式な発表はなく、ニュースでも山火事の原因は現在調査中だという報道がされていたが、多くの地元民がその日のその時間に目撃した空での異変が、山火事に何らかの関係があることに間違いはなかった。

 

結局山火事は三日後に消し止められたが、最終的にはその山火事で約200ヘクタールの山林が焼けたということを、ぼくは祖父の家のテレビから流れるニュースで知った。祖父はテレビ画面には顔を向けておらず、テーブルに置かれた湯のみを睨みつけてピクリとも動かずそのニュースを聞いていた。

 

山火事の短いニュースが終わると、テレビでは幾つかのコマーシャルを経て歌謡番組が流れだしたが、祖父は立ち上がってテレビの主電源を切り、台所の奥にある勝手口から裏庭に出て行った。立ち上がって歩いてゆく祖父にぼくは何度か「ジジ、ジジ。」と声をかけたが、祖父の耳にはぼくの声は届いていないようだった。

 

五分ほどして勝手口がバタンと開き祖父がテーブルに戻ってきた。

 

祖父の顔はさっきニュースを聞いていた時の仁王のような険しい表情のまま固定されていた。

 

「マサヒコ、今から言うことをよく聞いてなさい。」

 

祖父は一度ため息をついてから口を大きく開いて天井を見上げ、そして再びぼくの目を見つめなおすと顔の表情を少し緩めた。そして向かいで胡座をかくぼくの頭に大きな手のひらをのせて軽く撫でてから話を続けた。

 

「お前とサトルと、あとカンマちゃんだったか、お前の友だちの女の子。昔、裏山で襲われたって言ってたな。おまえは私を呼びに来たそうだから、裏山から離れた。それでよかった、それが正解だった、お前は何もされてはいないはずだ、本当によかった。」

 

「何がよかったの?」と言いかけたぼくに、祖父は「待った、待った。」という風に両手のひらを向けてぼくの言葉を遮った。

 

「まずはジジが話す、いいな、まずはジジだ。お前の質問はその後だ、いいな。」

 

ぼくは無言で頷いた。

 

「あのあと、サトルとカンマちゃんは何日かいなくなったろ。その数日後に境内に倒れているふたりが見つかった。たしか宮司さんが見つけてとかなんとかな。ずいぶん前の話だし、おまえもまだ小さかったからいろいろ記憶も曖昧だったり断片的だったりもするだろう。子どもの頃の記憶なんてものは、あれは実際に起きた出来事とはまた別もんだ。もちろん事実の記憶もあるけれど、自分の脳内で勝手に作り上げられている架空の記憶も多くある。そしてそんな架空のさ、実際には起きていないことの記憶でさえも、いまのお前くらいに成長してしまうと一色単になってしまう。その記憶が事実なのか、あるいは自分が創りだしたもので事実ではないのか、どちらに属しているものかは自分でも判別がつかなくなってしまうんだ。」

 

祖父は湯のみに手を伸ばしたが口は付けずに話を続けた。

 

「じゃあな、あの日の出来事がそのどっちなのかという話だが、あれは本当だ。お前たちは裏山で襲われて、あのあと数日いなくなったふたりは、本当にいなくなったんだ。おそらくお前の両親は、お前やサトルのことを考えて、あれ以来一切あの裏山での出来事のことを話さないはずだ。私もふたり言われたよ、子どもたちがあの出来事を思い出さないように、あのことは今後一切話題に出さないでくれと。でもお前はずっとあのことを忘れたりしていないだろ。だからこの間ジジに話してくれたんだろ。あの日あった本当のことを、警察やお前の両親には話さなかったあの日の本当のことを。」

 

祖父は「ふ〜」と大きなため息をついて首を横に小さく振った。

 

「ただな、いまのお前やお前の父さんや母さんは一番大切なことをまだ知らない。私がそのことを知ったのもほんのすこし前だ、いや正直言うとある一部分は知っていた。ただその全貌を知らないままで、お前や私の子どもたちにそのことを伝えるべきではないと思った。だからお前たちに嘘をついていたわけではないことはわかってくれ、ここまでの話はいいか?」

 

ぼくは祖父の目を見据えながら再び無言で頷いた。

 

「ここからが本題だ。」

 

湯のみに残ったお茶を一気に飲み干した祖父は、悲しげな笑みを浮かべた。

 

「本物のサトルは、もういない。おそらくだが、カンマちゃんも、同じようにもういないと思う。あの時失踪して、再び戻ってきたふたりは、あれはニセモノだ。」

 

ぼくはそのことには気付いていた。おそらく祖父は、ぼくがそれに気付いていることをずいぶん前から知っていたんだと思う。ただぼくが気付いていたことのすべては、戻ってきた兄が本当は兄ではないんじゃないかという不安と恐怖が生み出す半透明なものでしかなく、祖父の持つ確固たる事実とは少し違っていた。

 

「この間、サトルが再び失踪してからもうずいぶん経つだろ。

 

あれがサトルではなかったんじゃないかという話は、この間お前の母さんから少し聞いたよ。サトルが雪の中で拘束されているような写真が送られてきて、何かしらのトラブルに巻き込まれている可能性があるって、警察にも話したそうだ、お前も一緒に行ったそうだな。ただなあ、サトルがいなくなったのは今回始まったことじゃないんだ。おそらく本物のサトルは、もうずいぶん前からいなくなってる。たぶんだが、お前があの時裏山で見た幼い頃のサトルが、本物のサトルの最後の姿だと思う。」

 

「ジジ・・・じゃあ・・・じゃあ、あの兄さんは誰なの?」

 

祖父はジーンズのポケットから、5センチほどの小さな長方形のプラスチック板みたいなものを取り出して、静かにテーブルの上にのせた。

 

「あれは誰でもない、機械だ、人工知能を搭載した機械だ。

 

ここまで話して少しは心の準備ができたろうから、ややこしい説明はふっ飛ばして話の核心を見せるぞ。ちょっとこっちに来い。」

 

AIの衝撃 人工知能は人類の敵か (講談社現代新書)

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現代思想 2015年12月号 特集=人工知能 -ポスト・シンギュラリティ-

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人工知能入門

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