ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

白鬼

ぼくが六年生になっても、山川先生との交流は続いていた。

 

三年生になった時、ぼくのクラスの担任は山川先生ではなくなり、

 

学校内では山川先生とは別の意味で評判の悪い中年の女性教員がぼくのクラスの担任になっていた。そして、運がいいのか悪いのか定かではないが、そのまま六年生になるまで、ぼくの担任はずっと彼女だった。

 

山川先生と接することで、ぼくはそれほど学校に行くことを拒まなくはなっていたが、それでもやはり毎日毎日学校に登校するという当たり前の小学生には六年間通してずっとなれずにいた。だから結局のところ、ぼくのクラスの担任が誰であろうとぼくにとっては大した問題ではなかった。

 

三年生になるタイミングで担任も変わってしまったが、カンマとも別々のクラスになってしまった。ただぼくが学校に行って話をするのは、クラスだとか性別だとか先生と生徒だとか、もっといえばこの世界のいかなるルールとも全く関係なく、カンマと、そして時々の山川先生だけだった。

 

三年生になってすぐのある日、

 

ぼくが久しぶりに学校に登校しての朝の会で、担任の女性教員がまってましたとばかりにぼくのことを席から立ち上がらせて、魔女裁判のようなことを始めだした。ぼくが学校に登校しないことは悪いことだ、こんなことはあってはならないし、絶対に真似してはいけない、それは悪である、というようなことをクラスのみんなの前ですごい剣幕でまくし立てた。

 

ぼくはその朝の異端審問の会の直後、担任の異常な行動と周囲の目に耐え切れずに、まっさきに教室を勝手に飛び出し山川先生のところまで涙をためて走った。山川先生はぼくの話は何も聞かなかったが、

 

「よしわかった、じゃあ救済措置が必要だな、女神のところへ連れて行くとするか。」

 

と言って、ぼくの手を引いて保健室まで連れて行ってくれた。

 

保健室を担当する保健の先生は、もう六十に手が届かんとするベテランの女性だったが、やさしいおばあちゃんというイメージからは程遠く、学校の生徒たちからは密かに恐れられている存在だった。

 

彼女はその年代の日本人女性にしては身長が異様に高く、そして必要以上に筋肉質のガッシリとした体型をしていて、申し訳程度に残った黒髪の混じったまだら模様の白髪を二本の角のような奇妙な形のおさげにしていた。さらには彼女の名前が「鬼」の「城」と書いて「オニシロ」という名前だったことも加わって、

 

多くの生徒たちから、ある意味では畏敬を込めて「シロオニ」と呼ばれていた。

 

「またお前かマサヒコっ!きょうはなんだ、学校にビビって小便でも漏らしたのか!」

 

シロオニが子どもたちから恐れられていたのにはもちろん外見的な理由もあるのだが、おそらくは外見を遥かに上回るその覇気というか、体から放出されている尋常ではない気合のほうが、そのシロオニたる所以になっていた。そしてびっくりするほど口が悪かった。

 

ただぼくは、他の生徒たちのようにシロオニが恐いと思ったことはほとんどなかった。

 

なぜみんながシロオニのことを怖い怖いというのか、その理由は何となくわかっていたけれど、それはたぶん、彼らがシロオニとしっかり面と向かって話したことがないからじゃないかと、シロオニのことを怖がる同級生の話が耳に入ってくる度に、ぼくはいつも感じていた。

 

「ははは、残念ながら小便は漏らしてないよな、マサヒコ、じゃあ鬼城先生、毎度すみませんが、救いを求めて迷える子羊をよろしくお願いします。」

 

そう言うと山川先生は、ぼくの顔に手のひらを当てて「じゃあな。」と呟いて保健室から出ていった。

 

 

 

山川先生は一時間目の授業が終わったあとに電話でぼくの母に事情を話してくれたらしく、しばらくして母が学校の保健室にやってきてベットに潜り込んでいるぼくの顔をみて、なんだかサーカスのピエロのように笑った。

 

「さて、帰ろっか。」

 

せっかく学校に登校した日だったのに、とんぼ返りで家に帰って来てしまったぼくが、学校には行かない大方の日常通り母と一緒にお昼ごはんを食べてから自分の部屋で漫画を読んでいると、部屋のドアをノックして母が入ってきた。

 

「また漫画読んでんの、山川先生に借りてるちゃんとした本を読みなさいよ、あんた。それでね、ちょっともう一度学校に行ってくるからね、具合が悪いんだったらテレビなんか見ずにおとなしくしてなさいよ、それともしかしたらジジが来るかもしれないけれど、ジジは家の鍵を持ってるからチャイムなんか鳴らさずに入れるからね、他の余計なチャイムにはいちいち出なくてもいいから、夕方には買い物して帰ってくるからね、じゃあね。」

 

あとからわかったことだが、山川先生から朝の会での詳しい事情を聞きなおした母は、小学校の校長にそのことについて直訴するためにその日再び学校に向かっていた。母は人一倍どころか七倍も八倍も気が強く、そして自分の考える正義に対しての正義感がものすごく大きな人だった。だから自分がおかしいとか間違っているとか思ったことに関しては、納得の行く決着をつけるまでまさに一歩も引かなかった。

 

その日の午後、学校であったことについては山川先生も、そして母もぼくには詳しいことを教えてはくれなかった。しかし、その後ぼくが小学校を卒業するまでの間ずっと担任だったその女性教員が、ぼくの不登校について言及したり、何かモノ申すことは二度となかった。

 

「お前のお母さんはすごい人だなあ、なかなかいないよあんな人、さすがはマサヒコの母、よかったな。」

 

いちど山川先生が廊下ですれ違いざまにぼくにそう言ったことがあった。いつもの様にふざけ半分のようなニヤリとした笑みだったが、一瞬だけ、何かぼくを羨ましがっているような香りがその場にたちこめていた。

 

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月白貉