ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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時間

「シロヤマさんの裏にある山、昔は古墳だった場所なんだと言われてるだろ、神社の入り口に説明の看板が確かあったと思うが。マサヒコは古墳ってわかるかな?」

 

祖父がぼくの家に夕食を食べにやってくる日は、ぼくと兄が祖父の家まで迎えにゆくというルールが、いつの間にか出来上がっていた。

 

最初のうちは、兄だけが母に言われて、夕食を食べ始める10分か15分前に、家から歩いてほんの数分のところにある祖父の家まで祖父を呼びにゆき、祖父と兄が帰ってくると夕食を食べ始めるという流れだったのだが、しばらくそういうことが続いていたある日、兄がウイルス性の腸炎を学校の誰かにうつされてきて数日寝込んだことがあり、当時小学三年生だったぼくが、その間は兄の代わりとしてひとりで祖父を家まで迎えに行ったことが数回あった。

 

ぼくはいろんなことを余裕を持って始めないと気がすまない性質をずいぶん幼い頃から持っていて、加えて兄のように器用な子どもではなかったので、朝一番に母から「きょうはジジとごはん食べるけど、お兄ちゃんは呼びに行けないから、マサヒコがジジを迎えに行ってね。」と言われると、もうそのことだけが一日中頭を駆け巡っていた。

 

兄はいつだって、ほんとうにギリギリまで祖父を迎えにゆく素振りなどまったく見せず、本当は忘れているんじゃないかと周囲が思う頃になり、さらには母に「サトル、そろそろジジ。」と催促されてから、「は〜い。」と言って出掛けてゆくのが常だった。もちろん、兄は祖父を呼びにゆくことを忘れてなどいないことをぼくは知っていた。兄はそういう時間の使い方をする人なのだ。しかしぼくは結局その日、夕食を食べ始める二時間も前に祖父を迎えに行くために家を出た。

 

「マサヒコ、どこに行くの?」

 

ぼくが玄関で靴を履いているのを見て、洗濯物を取り込みに行こうとする母が不審げにたずねてきた。

 

「あ、カンマの家に行ってから、ジジ迎えに行って帰ってくる。」

 

ほんとうはカンマの家になど行くつもりはなく、そのままジジの家に行こうと思っていたのだが、母は必ずそういうぼくの行動に対して「早すぎよ!」と言うのを知っているぼくは、適当な嘘をついた。

 

それが早いか遅いか、あるいは適正か、そういった時間の感覚には人それぞれの個人差があると、ずいぶん幼い頃からぼくは思っていた。

 

時間というものは、必ずしも決まった同じ長さをあらわすものではなく、いろんな人がいろんな時間を持って生きているはずだと。世界には時計という道具があって、それはいつも誰にでも同じ長さを提示してくるけれど、あれは時間とはまったく別のものだと、ぼくはいつも考えていた。

 

そういう考え方自体は、ぼくは物心ついたころから漠然とではあるけれど、自らの両腕でしっかりと抱え込んでいた。けれどもっともっと幼いころには、それを具体的な言葉としてあらわすことは出来なかった。でも小学二年生の頃に、当時担任だった山川先生が教えてくれたある本を学校の図書室で借りて読みはじめ、そしてその本をすべて読み終えた時に、ぼくは「時間」というものに対しての自分なりの考え方を少しだけ言葉に出来るようになっていた。

 

「マサヒコは、ミヒャエル・エンデって人は知ってるか?」

 

「ミヒャ・・・えっと、もう一回言ってください、ミヒャル?」

 

「まあ別にそこは大切じゃないんだよ、今日の帰りに図書室でさ、この本を借りて読んでみてよ、先生の大好きな本だから、たぶんマサヒコも好きだと思うよ。」

 

山川先生が小さな紙切れにタイトルを書いてぼくに教えてくれたのは、

 

「モモ」という名前の女の子の物語で、

 

ぼくは一度本を読み終えた後も、もう一度、そしてもう一度、その同じ本を何度も何度も読み返した。ぼくは当時、週に二回ほどしか学校には顔を出していなかったが、その物語が読みたくて仕方がなくなるということが、ぼくが学校に行こうと思う大きな理由として存在していた。

 

「きょう、カンマちゃんと遊ぶ約束してるの?あなたきょう学校行ってないでしょ。」

 

「遊ぶ約束はしてないけど、この間貸した漫画をきょう返してもらう約束してるよ、いってきま〜す!」

 

母の返事を待たずにぼくは玄関のドアから飛び出ていった。

 

 

 

祖父の家の前まで来ると、玄関先の小さな庭で祖父が草いじりをしているところだった。

 

「ジジ、きょうごはんの日だけど、お兄ちゃん病気で寝てるから。」

 

「そうか!今日はお迎えはサトルじゃなくて御大マサヒコ大将のお出ましと来たか、でも早いなあ、まだ五時の鐘も鳴ってないだろ、まあいっか、じゃあそれまでジジの家でお茶でも飲むか。」

 

しゃがみ込んでいる祖父の手元を見ると、硝子のようにキラキラと光る黒くて尖ったものを握りしめていた。祖父は草いじりをしていたのではなく、その手のひら大の黒い水晶の欠片のようなもので、地面に何か落書きのようなものを描いていた。ぼくの視線に気がついた祖父は、自分の持っているその欠片を顔に近付けて何度か頷くような仕草を繰り返した。

 

「これはさあ、ジジがシロヤマさんの裏で見つけてきたものだ、サトルにも一個やったけどな、おまえも欲しいか?これはすごいんだよ、あ、まあいいや、さあて、まずは家にあがんなさい、ほれ、はやくはやく。」

 

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月白貉