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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

猿神

ぼくの住む町の外れには白山八幡という神社があり、地元の人々からは「シラヤマさん」と呼ばれている。

 

その神社の裏には鬱蒼とした樹々に覆われた小さな山が存在し、もともとはその山をご神体とする古い信仰の地であった場所らしいが、いろいろな歴史的変遷を経て、

 

現在は白山八幡神社として町の鎮守様とされている。

 

ぼくが大学四年生の時に亡くなった母方の祖父は、地元ではちょっと有名なアマチュアの郷土史研究家をしていて、シロヤマさんのことに関してずいぶんと熱心に調べていたようだ。ただその論説があまりにも荒唐無稽なものだったため、そういう意味でちょっと有名だったのであると、父がよく言っていたことを思い出す。

 

祖父はぼくの家の近所の古くて小さな平屋に祖母とふたりで住んでいたのだが、祖父の亡くなる五年ほど前に、祖母が交通事故で先立ってしまってからは、その家に祖父がひとりで暮らしていた。特に大きな病気なども抱えておらず、何時顔を合わせても異常に元気な祖父だったので、父も母もあまり過剰に祖父にかまうことはしなかったが、祖母が亡くなってからの祖父の食生活に不安を持っていた母は、夕食の際に祖父を家に呼んで一緒に食卓を囲むことも少なくなかった。

 

「マサヒコは、あれか、最近シロヤマさんの森は行ったことあるのか?」

 

祖父はお酒が大好きで、自宅ではもちろん、ぼくの家での夕食の際にもずいぶんと大酒を飲んだ。昔から酒にはめっぽう強かったらしく、近所の人々で集まる酒の席では「横綱」と呼ばれていたらしい。晩年はずいぶんと酒量も減ったということだったが、それでも家に食事に来た際には、調子が良いと日本酒の一升瓶をカラにすることさえあった。しかしそれでも、まったく酔っ払っているようには見えないのだが、酒が進むと、祖父は必ずと言っていいほど、シロヤマさんの話を始めるのがお決まりになっていた。

 

「あ〜、おれは小学生の頃に兄さんに何度か連れて行かれたけど、もうずいぶんあのあたりには行ってないよ、シロヤマさんにも初詣くらいしか行かないしね。でも、兄さんはよく行ってるみたいだよ、最近あまり話をしないから知らないけれど。」

 

その日、兄は地元の幼なじみの女性と食事に出掛けていて、夕食には同席していなかった。

 

「どこまで入ったことがある?あの頂上に石の祠があるだろ、あそこまで行ったことがあるか?」

 

「ああ、あそこは行ったよ、兄さんに無理矢理連れて行かれた。おれああいうとこ嫌いなんだよ、小学生の頃にも変な噂があったし、なんか馬鹿デカイ猿がいるとか、頭のおかしい変な老人が住んでるとか。」

 

「猿神の話か、ジジはお前に話したっけ、猿神のこと?」

 

「聞いたよ、ジジいつもお酒飲むとその話するでしょ、でも最近はもう地元の友だちもあんまり猿の噂はしてないみたいだよ。」

 

「お父さん、もう飲み過ぎですから、片付けますよ。」

 

母がそう言って会話に割り込んでくると、祖父は「わははは」と笑いながら、ぐい呑みに入った日本酒を一気に飲み干して「はい、ごちそうさまでした!」と合掌したあとに、「さて、ドッコラショ!」と言って席から立ち上がった。

 

そして、再び「じゃあ、ごちそうさまあ。」と言いながらぼくのところまで歩いてきて、耳元でこう囁いた。

 

「猿神、また出てきたぞ、今度のはめっぽうデカイ・・・気をつけろ、サトルにも言っとけ。」

 

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月白貉