ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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写真

「地球上で人間が住んでいる場所なんて、世界的に見たらごくわずかなんですよ。

 

山や森や海や、あとは砂漠、もっと言うと空にだって人間はほとんど住んではいない、いまだに人跡未踏の土地だって多く存在するんです。だから、そういう場所がね、実際にはどんな所なのかを、正確な意味では人間は理解していない。もしかしたら、そこには、人智を超えた生物がウヨウヨいるかもしれないんです、雪男だってそうですよ。」

 

ぼくと父の話を聞いてくれたのは、近所の交番に勤務している中年の巡査部長だった。

 

「オオタさん、なんだか詳しいですね!」

 

巡査部長の後ろでパソコンのモニターに向かっている若い警察官の男性がこちらを振り返ってそう言いながら笑っている。

 

「テレビのドキュメンタリー番組の受け売りだよ、まあしかし、息子さんの件に関しましては早急に対応させていただきます。まずはもっと詳しい状況をお聞きしないことには始まりませんので、こちらにお掛けください。」

 

オオタ巡査部長は、「サカガミくん、お茶持ってきて。」と、先ほどの若い警察官に声をかけ、机の引き出しから調書のようなものを取り出した。

 

 

兄が家を飛び出していった直後、不可思議な配達員によって自宅に届けられた宅配便は薄汚れた小さな段ボール箱だった。

 

そしてその段ボール箱の中には、羊皮紙のようなもので包まれた一枚の写真と、兄の筆跡だと思われる殴り書きのメモが入っていた。

 

「いま家にいるのはおれじゃない」

 

メモにはそう記されていた。

 

写真に映っていたのは、「PEACE」という赤い文字が書かれた白い半袖のTシャツにピンク色の短パンを履いて、裸足で雪の中に立っている兄の姿だった。

 

背景には黒々とした山脈と針葉樹の森が写っている。

 

兄の周囲には西洋人のようなずいぶん背の高い男性が数人並んで立っており、彼らもまた雪の中にいるにはずいぶん不自然な軽装を身にまとい、そして兄と同じように裸足という姿だった。写真の中の兄は苦痛に歪んだような表情を浮かべているが、それが寒さのせいなのか、あるいはもっと別の何かに拠るものなのかは、その写真だけでは判断が難しかった。周囲の人々の顔もやはり兄と同じように歪んでいたが、その歪み方が表情だけのものではなく、カメラの不具合によって被写体が歪んで写ってしまったかのように、顔の形状が空間ごと歪んでいるようにに見えた。そしてそこに立つ兄以外の人間の腕は、皆それぞれ異常なぐらいに長く、手のひらが地面すれすれのところでブラブラと揺れているようだった。

 

その写真を見た父は、「マサヒコ、警察に行くぞ。」と言って、殴り書きのメモを左の手でグシャリと握りつぶした。

 

日本の秘境―人跡未踏?の秘境を訪ねる (別冊太陽)

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月白貉