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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

雪男

ある冬の日の日曜日、

 

父と母と兄とぼくの家族四人で、台所のテーブルを囲み朝ごはんを食べていると、兄が急に立ち上がって冷蔵庫の方にゆき冷凍室の扉を開けると、中からビニール袋に包まれた肉の塊のようなものを持ってテーブルに戻ってきた。

 

他の三人は、いったい兄が何を持ってきたのだろうと思い、食事の手を止めて黙って兄の行動に注目していると、兄はそのビニール袋を開いてこう言った。

 

「おれ、この間、道端で骨董品を売っていた外国人のおじさんから、雪男の手を買ったんだ、380円だったから安いなあと思って。」

 

父が兄の言葉に対して「ああ・・・それでどうした?」と聞くと、

 

「でも、雪男が不憫だから、おれヒマラヤまで行って、片手のない雪男を探して、返してやろうと思うよ。」

 

兄はそう言って、食事の途中で部屋に戻っていった。

 

一ヶ月ほど前、兄は仕事の都合で中国だかインドだかに長期の出張に出ていたらしく、二週間ほど家には戻らなかった。

 

ぼくは普段からあまり兄とは会話を交わさないので、詳しいことは知らないのだが、父と母から出張から戻った兄の様子がおかしいというようなことは少し聞いていた。

 

兄が席を立ってしばらくしてから、顔を見合わせて黙っていた両親が口を開いた。

 

「マサヒコ、おまえサトルと最近話したか、出張から帰って来て、サトルちょっとおかしくないか?」

 

「そうなのよねえ、なんだか私たちともほとんど会話を交わさないし、食事だってほとんど食べないのよ、なんだか別人みたいで・・・。」

 

「ん〜、おれあんまり兄さんと話さないからなあ、きょう一緒に朝ごはん食べるのも久しぶりだし、でもなんか兄さん、体から変な匂いがしない?けっこうきれい好きだから、いつも朝と夜には必ずシャワー浴びてたよね、兄さん?」

 

すると突然、父と母が「あっ。」という顔をして、ぼくに目配せをした。兄が部屋から台所に戻ってきていて、ぼくの背後に立っていたのだ。兄の部屋は二階なので、当然階段を降りてくる音が三人の耳には届くはずなのだが、ぼくにも、そして両親にもまったく聞こえてこなかった。そういえば、さっき部屋に戻る時にも、兄が階段をあがる音がまったく聞こえてこなかったことに、ぼくはその時に気が付いた。

 

兄は登山用の大きなバックパックを背負っていたが、服装は紺色のビジネススーツに赤のネクタイというものだった。

 

「じゃあ、おれ今から片手のない雪男のところに行ってくるから、一ヶ月もかからないと思うけど、心配しないでね、じゃあ、いってきます。」

 

父と母が口を大きく開けて、声にならない何かを吐き出そうとしている間に、兄はまさに風のように音もなく玄関を飛び出していった。

 

「ちょちょ、ちょっとなあ・・・。」

 

父は慌てて席から立ち上がったが、一体何をしていいのかもわからず、もう一度席に腰を下ろした。母は口を開いたまま固まっている。

 

「雪男はいいけどさあ、そんなヒマラヤなんて、すぐ行けるのか、サトル、スーツだったぞ、おい・・・。」

 

父は誰に言うともなく、そんなことを口に出しながら、少し震え気味の手でお茶の入っていない湯のみを握りしめていた。ぼくも母も今起こっていることがしばらく把握できず、無言で顔を見合わせていたのだが、突然玄関のチャイムが家の中に鳴り響いたことで我に返った。

 

三人が同時に、台所に備え付けられたモニター付きインターホンに目を向けると、玄関のドアにびっちりと体をへばりつけた、毛むくじゃらの異様な人影が、ノイズ混じりのモニターに映し出されていた。

 

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月白貉