葉脈
かつてぼくには、とてもとても背の高い、やさしいともだちがいました。
でもそのともだちはある日、巨大なノコギリのような機械で、腰のあたりをギリギリと切られて、たくさんあった大きな腕もハリハリと切り落とされて、その背の高い体と、たくさんの大きな腕は、どこかへ連れて行かれてしまいました。後に残ったのは、その背の高い体をがっしりと支えていた、ぼくのともだちの腰から下だけでした。
ある日曜日の昼下がり。
散歩の途中にぶらりと立ち寄った花屋の片隅に、まっ白い鉢に入った名も知らぬ小さな植物が座っていた。
「こんにち、こんにちは。こんにち、こんにちは。」
彼は、まわりをキョロキョロと見まわしながら、誰にも聞こえないような小さな声で、挨拶をしているようだった。ぼくが近付いて、「こんにちは」と返事を返すと、かれはだいぶほっとしたような顔をして、
「ぼく、ぼくは945円ですよ、連れて帰ってください。ぼく、ぼくは945円です、ぼく、ぼくは税込です。」
としきりに繰り返し言い続けた。ぼくは彼をレジまで持ってゆき、これをくださいと言って店員に税込945円の代金を支払い、彼を家に連れて帰った。
家に帰ると、ぼくは彼に少しだけの水を飲ませ、日当たりのいい窓際に彼を座らせた。
時間は午後の三時ではあったけれど、日当たりのいいぼくの部屋の窓際には、巨大な太陽の放ったオレンジ色の光が、まだまだ、勢いよく降り注いでいた。太陽の光をあびた、その小さな名も知らぬ植物は、「ぷわー」っという柔らかな声をあげてゆっくりと息を吸いこんだ。
「このあったかいものは、どこから光ってるのですか?」
「太陽の光だよね、う~ん、ぼくにも確かなことはわからないけれど、空のずっと上の方に大きな火の玉みたいな星が浮かんでいて、その星から飛んできているんだと思うよ、たぶん。」
「そうで、そうですか。その星はあったかいですか?」
「たぶん、すごくあったかいと思うよ。表面が燃えているからね。」
彼は、窓のずっと先にある空を見上げ、身をしゅんと縮ませた。
「あたたかいなぁ、あたたかくて眠くなるなぁ。眠ってもよいですか?」
「どうぞ、別にぼくに聞かなくてもいいから、好きな時に、好きなだけ眠ったらいいよ。」
ぼくがそう言う前に、彼はすでに眠りに落ちていた。
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月白貉