ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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ため息カナブン

道を歩いていると、歩道の真ん中でカナブンがひっくり返っていた。

 

手だか足だかわからないものを、バタバタと動かしながら、おなかを空に向けて、ゆりかごのようにゆれていた。

 

「ひっくりかえってしまったのだね。」

 

夏も、もう終わるのに、こんなところでひっくり返って、そのまま干からびて死んでしまうのはなんだか悲しいので、指でチョンとわき腹を押して、起きる手助けをした。カナブンは一瞬戸惑っていたが、ちょっとほっとしたようだった。

 

小さなため息が聞こえた。

 

「ぱふ。」

 

カナブンだって、こわかったり、さみしかったり、たのしかったりするのだとぼくは思う。

 

数日後、部屋で夕飯の支度をしていると、ベランダの方から、なにかカラカラキシキシ音がするような気がしたので、カーテンを少しだけ開けてのぞいてみると、カナブンがいた。

 

ひっくり返っていた。

 

夜だし、暗いし、姿ははっきりと見えないけれど、いつぞやの道で会ったカナブンかしらんと思った。

 

真っ暗な闇の中で、部屋からもれる薄明かりに半身だけ照らされ、おなかを上にしてゆらゆら揺れているカナブンは、ちょっと不気味なものに見えた。しばらく窓越しに、その姿をぼうっと眺めていたが、ひっくりかえったままはやはり悲しい心持がしたので、窓を開けてベランダにのり出し、暗がりで揺れるわき腹をチョンと押した。まわりが暗いこともあったのだろうが、カナブンはなかなか起き上がれない。ズリズリというヤスリで何かを削るみたいな音がするだけで、ひっくり返ったまま、遠くへ遠くへ離れていくばかりだ。わき腹を押し続けて何度目かに、カナブンはヘタリと起き上った。

 

気付くとぼくは、裸足のままベランダの端まで出ていた。

 

「もう暗いし、おうちへおかえりよ。」

 

カナブンはぼんやりと虚空を見つめたまま、何も言わない。

 

「もう窓を閉めるから。うちの網戸には、虫コナーズが付けてあるから、くっついてはいけないよ。」

 

ぼくは部屋に戻り、窓を閉めて、カーテンも閉めた。そして、その日はもう窓の外は見なかった。

 

翌朝、カーテンを開けてみると、網戸のてっぺんの虫コナーズの脇に、カナブンがしがみついていた。死んでいるのかと思い、声をかけると、カナブンはため息をついた。

 

「ぱふ。」

 

 

 

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月白貉