ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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永遠のふる里 - きみぼくめし

去年の夏だったか、80歳になるお母さんがたった一人で切り盛りする、とある島の民宿に滞在した。

 

体を壊して久しく宿を閉めていたというお母さんだが、なぜか電話を掛けた際に、「まあ頑張ってみるか!」と言って予約を受けてくれた。

 

「さっきも電話があって断ったんだけどね。」と言っていたのだが、さっきは断ったけれど、次に電話をしたぼくはなぜか許諾、不思議なタイミングである。

 

久しぶりの宿泊客だからだろうか、奮発しすぎの夕食でもてなされた。

 

魚介類満載のシンプルで美味しい家庭料理。

 

宿のごはんとはかくありたいものだ。ぼくはごはんを残すことなんて滅多に無いが、ほんとうにすごい品数で、とても食べきれなかった。お母さん、その節は残してごめんなさい。

 

ごはんを食べていると、お母さんの昔の苦労話や、自ら書き残しているというその地元の民話を聞かせてくれた。博学なお母さんの側面と、過去の辛い思いを知る。民話はホラーな話や妖怪の話満載でじつに興味深いものだった。

 

「火の車」が空からおりてきて若い娘をさらってゆくのだという話があったが、噂に聞く火車であろうか。

 

ちなみに体を壊した原因はといえば、割と近年になってから造られた、島と島をつなぐ道路をバイクで走行中に対向車にはねられて吹っ飛ばされて、崖から海へ一回転して落下して、どこぞへ叩きつけられて大怪我をしたからだそうだ。その時は気絶したと言っていたが、そりゃあするだろう。

 

旦那さんを早くになくし、近年は体を壊し、それでもひとりでがんばるお母さんがそこにはいた。しばらく管理をしていなかったであろう宿は確かになかなかの汚れ具合だったし、設備なんかもボロボロになっていた。でもそこに嫌な感じはまったくしなかった。旅情みたいなものがたっぷりあるし、宿というものの核というか本質みたいなものを感じたのである。

 

「何にもないむさ苦しいところへ泊りに来てくれてありがとう。」って、お母さんは言っていた。

 

踏ん反り返って無礼に客をあしらうアホみたいなホテルにはないものが、そこにはちゃんとあったのだ。

 

今年の暮れにはもう宿はやめてしまうかもと言っていたのがもう一年以上前のこと。

 

もしかしたら、あの日に泊まったぼくたちが、お母さんの宿の最後の客になるのかもしれない。

 

あの日のお母さんの、竜宮の宴のような素晴らしい夕ごはん、

 

ひとつのフレームにはとてもとても入りきらなかったが、その一部をここに記すこととする。

 

永遠のふる里 - きみぼくめし

 

自分で作っていないので魚の種類までは忘れてしまったが、思い出せる範囲で、鯛の塩焼き、魚の煮付け、魚の南蛮漬け、マグロと甘エビの刺し身、かき揚げの天ぷら、きゅうりとタコの酢の物、冷奴、お母さん自らが取ってきて茹でた貝を山盛り、揚げ物盛り合わせ、最後には炊き込みご飯。

 

 

 

 

龍宮 (文春文庫)

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月白貉