ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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ブドウニガイグチ(Tylopilus vinosobrunneus)- 松江城マッシュルームマップ -

子どもの頃、近所に大きなぶどう棚があった。

 

人様の敷地にある人様の葡萄なので、勝手に採って食べたりしてはいけないのだが、なかなかの隠れワルガキだったぼくは、何人かの友だちと連れ合ってよくそのぶどう棚の葡萄を狩りに行くことがあった。

 

まあそんなに飢えていたわけではないのだが、子どもの時分はそういうスリルがなんとも楽しくて仕方がないのだ。しかしある日、そのことが厳しい祖父に知られてしまい、とんでもなく怒られた記憶がある。怒られたことにちょっと反発したぼくの尻を、祖父は当時ぼくが持っていたおもちゃの日本刀で激しく叩き、最後にその日本刀をぐにゃぐにゃにねじ曲げてしまった。

 

というわけで、今回のハンティングきのこは「ブドウニガイグチ」である。

 

松江城マッシュルームマップ - ブドウニガイグチ -

 

イグチ科ニガイグチ属のきのこで、学名を「Tylopilus vinosobrunneus」、漢字で書くと「葡萄苦猪口」である。

 

食毒はないようであるが、名前にもあるように苦みがあるので食用には向かないとされている。苦いものが大の好物だという人にはうってつけのきのこであろう。淡い紫色をしたビロード状のカサを有しており、苔に浮かぶその姿はなかなかシックな高級感を醸し出している。カサとは一転して白色の管孔とのバランスも非常によろしい。

 

和名に関しての軽いクレームだが、「葡萄」と名付けるのであれば芳醇な甘みを持つ美味しいきのこにつけていただきたいと切に思う。まあカサが葡萄色だということなのだろうけれど、食用に向かないきのこに甘い果物の名前を付けるというのはいかがなものかと個人的には思う。葡萄なのであれば色ではなく味を優先して欲しかった。まあ葡萄の甘みは「ニガ」で打ち消されてはいるが、ややこしい。色を表現したいのであれば「ブドウイロ(葡萄色)ニガイグチ」とか、あるいはちょっとひねって「ブドウシュ(葡萄酒)ニガイグチ」でよいのではないかというのが個人的な意見である。葡萄酒には苦みもあるからね。

 

先日きのこの名前が長すぎるというクレームを付けたばかりだが、今回は名前をあえて長くして提案してみる。とはいえ、このことに関して日本きのこ学会や日本特用林産振興会に、頭のおかしいクレーマーのごとく苦情電話をガンガンかけたりしているわけではなく、あくまで個人的な見解なのであしからず。

 

そして最後に再び、ぼくの葡萄狩りの話に戻るのだが、いまでも、祖父がぼくを怒鳴り飛ばしながら日本刀をグニャグニャにねじ曲げるさまが、スローモーションみたいな映像として記憶に焼き付いている。

 

宮﨑駿のアニメーション『もののけ姫』の中で、アシタカの呪いを受けた腕の力が開放されて、斬りかかってくるゴンザの日本刀をぐにゃぐにゃに曲げるシーンがある。

 

あのシーンを観るたびに、祖父の逆鱗に触れた葡萄狩りの日の思い出がよみがえるのだ。

 

ぼくにとってあれはまさに、ブドウニガイ記憶なのである。

 

おあとがよろしいようで。

 

 

 

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月白貉