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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

太陽

小説 小説-吸血鬼

結局、幸運なことにその日は太陽が昇るまで、疲れきったぼくたち二人のしばしの休息を邪魔するものは現れなかった。

 

太陽

 

辺りが明るくなりかけた早朝に、ぼくはやっと気が少し抜けて微睡みだしたのだが、公園の管理人らしき老人が門を解錠して入り口を開き公園内の清掃を始めだしたことをきっかけに、その気配で再び眠気は飛び去ってしまった。

 

浦島さんはずっと目を見開いたまま、樹々の間から覗くしらみはじめた空を見上げていた。

 

ぼくと浦島さんはしばらくの間、掃除中の老人の動向を観察しながら岩陰に身を潜めていたが、シーズーを連れた近隣の住民らしき若い女性が公園内を歩き回っていることを確認すると行動を開始した。

 

「ひとまず朝食でも取りましょうか、まあこのあたりの状況がいったいどんなことになっているのかを把握する方が先ですがね、しかしこの公園に普通の人間が歩き回っているところをみますと、どうやらまだこのあたりには感染が及んでいないということになるかもしれません。それもずいぶん楽観的な判断ですが、どのみちまずは腹ごしらえです、腹が減っては何とやらですから。」

 

公園を出て周辺の住宅街を歩き出すぼくの目に映し出されたのは、本当になんてことのないぼくの知っている東京だった。

 

けれど、昨日の出来事を思うと、そんなはずはなかった。だからそこに流れる一見ありきたりな普通の空気感が、逆にぼくの恐怖を増幅させた。

 

「さっきのあの人たち、本当に人間ですか?」

 

ぼくは黙々と先を歩く浦島さんに声をかけた。

 

「わかりません、おそらくは人間だと思います。ただきのうのようなことがあった今、外見はおろか話をしても接触してみてもわからないことはあるかもしれない。きのう私たちを襲ってきた人々、一族の者を別にしてですが、私の知識外の個体でした。無臭だった。外見も完全に人間にしか見えなかったし、感じられませんでした。

 

感染者は通常、特有の臭いを放っています。

 

白酒さんにはわからないかもしれませんが、私には相当の距離からでもまずその臭いで判別が出来る。もちろん外見にしても特徴があるので、総合的に言ってもし個体が感染者かあるいは一族の者だった場合はほぼ認識できる自信があります。一族の者に関してはとんでもなく強烈な臭いをはなっているのです。」

 

「ということは、もうすでにこのあたりの人々もすべて、という可能性も。」

 

「もちろん、あります、しばらく隠れていたのはその可能性も含めてです。私はあの二人は人間だと判断しました。けれど、今言ったように、私の中で確かではなくなった。」

 

早朝ということもあり、ぼくたち二人が歩く住宅街にはまったく人の気配がなかった。

 

「もうひとつ、聞きたいことがあります、浦島さん、いくらこのナイフを持っていたところで、ぼくに使える気がしません、無理です。あんな人間離れしているとは思わなかった。もっと普通の人間のような“もの”だとばかり思っていました。きのうもしぼくひとりだったら、一分と持ちこたえられなかった。浦島さんがいたからなんとか逃げ延びたけれど、それでもぼくを助けるために浦島さんは左腕まで失いましたよ。この先、ぼくに出来ることがあるとは正直思えません・・・。」

 

浦島さんは立ち止まって振り返った。

 

いつもの穏やかで品のある笑顔だった。

 

「はい、おっしゃっていることは重々承知です。まずひとつ、島根でのあなたの力添えがなければ、いまこの東京はもっとひどいことになっていたはずです。一族の対抗勢力の件も、この金属のことも、私ひとりでは到底たどり着けなかった。そして次に、あなたにやってもらわなければならないことがあるから、わざわざここまできていただきました。そしてもうひとつ、昨日の夜、襲撃の際にあなたが真っ先に取った行動、そのナイフを手に持ち立ち向かおうとしましたね、おそらくあなたは、奴らにではなく自らの恐怖に立ち向かおうとしました。あの恐怖を前にして、立ち向かえる人間はそういないと思いますよ、なかなかやりますね。だから私はその行動に敬意を表します。そしてこれが私のいまの答えです、あなたに出来ることはあります、あなたにしか出来ないことがこの先に山ほどあります。」

 

少し間を置いてから「わかりました。」と言ってぼくはうなずいた。

 

「それからもうひとつ、私が左腕を奪われたのは白酒さんのせいではありませんよ、こう見えても私はけっこう強い部類です。生半可な感染者ごときに腕を奪われるようなことはまずありません。私の腕をねじ切ったのは一族の者です。あんなところにあの男が出てくるとは思っていませんでした。なるべくなら真っ向からは手合わせしたくない相手のひとりです。ただ、あることがわかりましたよ、この金属、一族のものにも歯が立ちます、銀なんかよりもずっとずっと。しかしまあ、左腕の代償として得た情報にしては、ちと高かったですかねえ。」

 

浦島さんはめずらしく歯を出して笑いながら、またすごいスピードで歩き出した。

 

 

 

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月白貉