ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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明
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阿太加夜神社(あだかやじんじゃ)の河童の詫び証文【中編】

「ちょっとお尋ねしたいことがあるんですが。」

 

と、ぼくが宮司さんに切り出すと、「はいはい、どうぞ。」と言って快く話を聞いてくれた。

 

ぼくがここに来た理由、阿太加夜神社の河童伝承のこと、そしてその詫び証文がこの神社に預けられているとの話について、何かご存知でしょうかとたずねてみる。

 

宮司さん

 

「河童の証文?いやあ、そんな話は聞いたことはないなあ。河童の詫び証文なんてものはうちの神社には保管していないし、そもそも河童の伝承なんてものも聞いたことがないねえ。何かに書いてあるの?」

 

ずいぶん期待をしていたのだが、証文のことはおろか、この地域の河童の伝承についても一切聞いたことがないという。

 

ちなみにその宮司さんは見るからにベテラン感満載で、この神社とこの地域にずいぶん長く関わっているであろうと憶測される。その人が、そもそも河童の伝承の片鱗すら聞いたことがないということは、元々の情報自体の精度に何やら暗雲がたちこめる。

 

念のためぼくは、情報元である「河童とはなにか」の河童遺物一覧表の項を開き、宮司さんと一緒に見てみることにした。

 

「ほうほうなるほどねえ、書いてあるねえ、阿太加夜神社であればこの少し先にある神社だねえ、そしてこの証文を預けたっていう神社だけれど、平松神社と書いてあるけれど、この辺りには平松なんていう神社はないから、まあこれは間違っているねえ、うちのことだろうねえ。多賀神社にもあるんだ。多賀神社というと、これもこの少し先の矢田の渡しのところにある神社だねえ。でも河童の話は聞いたことがないねえ。」

 

宮司さんの言うとおり、この近辺の多賀神社という川沿いの神社にも河童駒引の伝承とその詫び証文の話が伝わっているらしいことが書かれている。

 

その後もしばらく宮司さんからこの周辺の話などをいろいろお聞きしたのだが、河童につながる糸口は見つからなかった。ぼくはひとまず宮司さんにお礼を言い、伝承の元になっている阿太加夜神社に行ってみますと告げてその場をあとにすることにした。宮司さんは阿太加夜神社までの行き方を詳細に教えてくれたあと、「これをあげよう。」と言って、ぼくに周辺の神社マップを持たせてくれると社務所に戻っていった。

 

宮司さん

 

さてさて、一気に核心に迫ると思っていた期待はかき消され、振り出しに戻ってしまったぼくは、次の目的地である阿太加夜神社に向かうことにした。

 

というわけで前編後編の二編にしようかと思っていたのだが、長くなりそうなのでここで一服入れて、後編へ続くのである。

 

 

 

新版 河童駒引考

新版 河童駒引考

 

 

 

 

月白貉