ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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小説

第七章 - 黒い恐怖

前回の話:第六章 - 孤独な蛙 かつてこの場所にあった黒木山を一部切り崩して建設された南黒町団地は、その背後に幾つもの低い山々が連なる町の外れの高台にあった。 団地のある高台の上へと続く大蛇のようにうねった坂をあがりきると、もう誰一人住むものが…

第六章 - 孤独な蛙

前回の話:第五章 - 尼僧と猿神 廃神社から団地までの道は、塩田とぼくが何度も何度も飽きるくらいに往復した、ある意味ではぼくと塩田を結んでいた道だった。 ぼくは中学の三年間、いじめにあっていた。 厳密に言うとそれは、ぼくが複数の誰かに直接的な危…

第五章 - 尼僧と猿神

前の話:第四章 - 兵法 9月25日午後9時、ぼくは祖父とラゴと共に南黒町団地から約二キロほど離れた廃神社の鳥居の前にいた。 鳥居の周囲にほとんど街灯はなく、鳥居のすぐ脇にある電信柱に設置された防犯灯だけが、鳥居の周囲を古びたモノクロ写真みたいにぼ…

第四章 - 兵法

前の話:第三章 - 魔女の罠 「ちょ、ちょっと待ってくれラゴちゃん、そりゃ絶対に駄目だ!ハクトを巻き込むことはできん!!食事を一緒にするのとはわけが違うぞ!」 「なんでだい?」 「なんでもヘチマもない、きみが一番良く知っているだろう!ハクトはこ…

第三章 - 魔女の罠

前回の話:第二章 - 魔女の儀式 9月24日の夕方、ぼくがラゴとの軽い挨拶を終えて祖父に言われた通り自宅に戻ろうとすると、彼女はぼくのことを引き止めた。 「なんだい、もう帰っちゃうのかい?」 「ああ、私が帰れと言ったんだよ。ずいぶん大変なことがあっ…

第二章 - 魔女の儀式

前回の話:第一章 - 団地の魔女狩り 9月24日の日曜日早朝、南黒町団地に隣接する通称「ゴリラ公園」の公衆トイレの中で、塩田と塩田の両親、そして妹の佳子ちゃんの死体が発見された。 第一発見者はぼくの祖父で、祖父は前日の塩田の母親の相談を踏まえて、…

第一章 - 団地の魔女狩り

前回の話:序章 - 団地の魔女 - 9月22日、ぼくが下校途中に塩田と川縁を歩いていると、ちょうど塩田の住んでいる南黒町団地の辺りの上空がやけに黒々とした雨雲に覆われているように見えた。ぼくは塩田にそのことを言おうとしたが、ふと思いなおして口から漏…

序章 - 団地の魔女

2017年9月26日火曜日、涼し気な空気を疎むようにして振り返った太陽の視線がめっぽう眩しかったこの日、ちょうど一週間前から近所を騒がせていた不気味な事件が幕を閉じた。 事の起こりは9月19日の夕方、南黒町にある一部廃墟と化した公営団地に隣接する雑草…

聾のもの

朝七時にたっぷり過ぎる朝食を摂り、食後の洗い物を済ませてから洗濯機の中に汗にまみれた衣服を叩き込み、洗濯を開始する。轟々と唸りを上げる洗濯機の音と窓の外から流れ込んでこんでくる初秋の涼やかな風がやけに相性良く感じるのは、巨大な滝壺にいる感…

聴唖のもの

「ケンジ、おまえあのこと誰かに話したか?」 「話してないよ、だって話したって誰も信じないだろ。」 「ユキトは話したのかよ?」 「いや、話してはいないんだけど、昨日ネットで調べてたらちょっと関係ありそうなことをブログで書いてる人がいたんだよ。」…

盲目のもの

秋を目の前にしたある日曜日の夕暮れ時、私は妻に頼まれた買い物をするために近所のスーパーマーケットに歩いて向かっていた。その途中、地元で黒山道と呼ばれている小さな切り通しの道に差し掛かると、木々に覆われた薄暗い道のど真ん中に、キツネ色の短パ…

ありふれた恐怖

開け放たれた窓の外から部屋の中に吹き込んで来る風には、どんよりとした微睡みのような生温かい水分が多量に含まれていた。 台所のガスコンロの脇の壁に油性のマジックで殴り書かれた文字を残してサチコが姿を消してからちょうど48時間が過ぎた。 私は今、…

耳の中の違和感と、本当はコワい真夏の心霊写真交換会の話。

関連する物語:邪教徒の影を匂わせる、本当はコワいトンネルの話。 トンネルを訪れた日の夜を境にして、ぼくは就寝後に毎晩、真夜中の二時過ぎになると必ず左耳の奥に虫が入りこんだような異物感を感じて飛び起きる日々が続いていた。 耳の中に羽を持ったハ…

邪教徒の影を匂わせる、本当はコワいトンネルの話。

関連する物語:普通の人間霊と野生の人間霊と、もっと高いところにいる本当はコワい霊の話。 トンネルに足を踏みれたぼくが、その異常な冷気や湿度を差し置いてまず感じたことは、暗闇の中を満たしている言葉で表現することの出来ない匂いのようなものだった…

普通の人間霊と野生の人間霊と、もっと高いところにいる本当はコワい霊の話。

関連する物語:デジタルカメラに搭載されている、本当はコワい制御機能の話。 キルクの運転するずいぶん旧型のハイエースで目的地のトンネルに向かう二時間ほどの間、ぼくは助手席に座ってキルクの語る様々な話にずっと耳を傾けていた。 「パパは、もうずい…

デジタルカメラに搭載されている、本当はコワい制御機能の話。

前回まで:目に見えている非日常と、目に見えていない本当はコワい日常の穴の話。 「これって、人口のトンネルなんですか・・・?」 今はほとんど使われなくなったような路面の荒れ果てた山間の旧道を一時間ほど徒歩で進んでいた二人の前に姿を現したのは、…

目に見えている非日常と、目に見えていない本当はコワい日常の穴の話。

前回まで:山頂の不気味な無縫塔と、本当はコワいOZUNOの話。 オズに指定された日曜夜10時の5分前にOZUNOのウェブサイトにログインすると、キルクというハンドネルームを持つ管理者がすでにチャットに待機していた。 その表示を確認してからぼくは一旦ノート…

山頂の不気味な無縫塔と、本当はコワいOZUNOの話。

前回まで:ねえきみ、本当にコワい心霊写真って撮影したことあるかい?の話 OZUNOで共有されている様々な心霊スポットの情報に毎夜酒を飲みながら目を通すという日々が一週間ほど続いた。 OZUNOに参加しているメンバーは公表としては33人という実に少ない数…

ねえきみ、本当にコワい心霊写真って撮影したことあるかい?の話

トンネルの前まで辿り着いた頃には、すでに午後三時をまわっていた。 その日の空は呆れ返るほど幻想的な晴天で、かつて空に雲というものが浮かんでいたという事実が記憶から抹消されるほどに、まったくと言っていいほど雲ひとつない青々とし過ぎた夏空だった…

ピンク色の穴が空いている、本当はコワい入江の話。

私はあの入江の浜辺に立っている。 時刻は夕暮れ時なのか、空の半分が人の薄皮一枚めくった下にある生々しい肉のようなピンク色をしていて、もう半分は火葬場の煙突から立ちのぼる煙のような斑の灰色をしている。 私の周囲には何かが焼け焦げたような強い匂…

庭の隅に隠された秘密と、本当はコワい岩場の主の話。

前回まで:入江の沖にある、本当はコワい岩礁の話。 窓が開け放たれた縁側の先の庭からは、わずかに潮の香りを含んだ海から吹く強い風が、家の中に向けてゴウゴウと音を立てて流れ込んできていた。 「それからがなあ・・・。」と呟いた祖母の話の続きが一体…

入江の沖にある、本当はコワい岩礁の話。

「なあバアちゃん、あの入江、今でもまだ地元の人は寄り付かんのか?」 「そりゃ寄り付かんだろうなあ。あんなおぞい場所には誰も行きたがらんだろう。」 お盆シーズンの混雑を避けるために少し早めの夏休みを取った私は、墓参りを兼ねて父方の祖母が暮らす…

ダンテの名を持つ喫茶店と、本当はコワい絵画の失われた記憶。

前回まで:知らないはずのメールアドレスに届く、本当はコワい知人のメール。 午前9時ちょうどにイグチさんの自宅前に到着し、玄関に備え付けられたインターフォンのチャイムボタンを押すと、「は〜い!」というイグチさんの奥さんの声が家の中から響いてき…

知らないはずのメールアドレスに届く、本当はコワい知人のメール。

前回まで:部屋の中に何かが祀られている、本当はコワい格安賃貸物件。 部屋の床に寝そべってぼんやりと天井を眺めながら微睡んでいると、シャツの胸ポケットに入れたまま取り出すのを忘れていたスマートフォンが「ブルルッ」と一度だけ大きく体を震わせた。…

部屋の中に何かが祀られている、本当はコワい格安賃貸物件。

「えっ、1ヶ月3500円、嘘でしょ?」 私が妻のモミとの別居を余儀なくされたのは、まだ梅雨もあけ切らない7月はじめのことだった。最終的に離婚という決断をするかしないかを判断する前に、しばらく離れて暮らす時間を持つべきだという提案を出したのはモミで…

神社脇の池にいる、本当はコワい緑色の物理学者。

2017年7月4日午前3時52分、グズグズと爛れたような湿気を帯びた夏の夜はまだ明けていなかった。 昨日、久しぶりに再会した同郷の友人と午後の早い時間から酒を飲みはじめた私は、気が付くと自宅の玄関先に突っ伏していて、妻が私の体を激しく揺さぶっていた…

本当はコワい夏の逢魔時と、背中を曲げるドッペルゲンゲルの話。

ズボンのポケットに入れたスマートフォンを引っ張り出して時間を確認すると、午後6時を少し回ったところだった。この頃随分と日が長くなり、冬場ならとうに闇に包まれている窓の外はまだ水色と薄橙色の光が我が物顔で寝転んでいた。 私が台所で牛スジを煮込…

森にある井戸跡の不気味な噂と、本当はコワい通り魔事件の真相。

私の自宅から最寄りの駅まで最短で向かう道程の途中に、必ず通り抜けなければならない小さな森があった。 かつては土地を治める大名の別荘地だったと言われているその森には、その中心を横切るようにして木々に囲まれたトンネルのような趣の遊歩道があり、 …

アリゲーターガーの湖

まだ日の上がらない早朝に私が目を覚ますとサエはもうベットの横にはおらず、台所の方から朝食の香りが漂ってきていた。 昨夜のアルコールがまだ背中や首元にへばり付いていて、時折私の耳をかじったり肩をギュウと抓ったりしていた。私はそのアルコールをゆ…

謎の幻覚性毒成分を持つ、本当はコワい海洋棲軟体動物の話。

無理矢理に参加させられた会社の飲み会から嘘の都合を理由に早々と退散して、ひとりで時々飲みに行く場末の薄汚れた居酒屋のカウンター席に座って粗悪な日本酒を飲んでいると、席をふたつ挟んで隣に居合わせた20代くらいに見える若い女性から声を掛けられた…