ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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2016-01-15から1日間の記事一覧

生存のため良心や後悔などに影響されない完全生物 -『エイリアン』(Alien)

「エイリアン」と聞くと真っ先に思い出すことがある。 中学生の時、ぼくの通う中学校には「英会話」という授業があり、アメリカのアイオワ州からやってきていたアメリカ人の先生がその授業を担当していた。 先生の本名はここでは控えるが、仮にその先生の名…